目録をつくること、方言を語り継いで残すこと、ローカルな在庫のアーカイブ機能。一見してはわかりにくくても、まちにはたしかに「お宝」が眠っていそうだ。
「この町、お宝多くね?」
という柳澤さんの実感は、大きく外れていなかったといえる。
ただ、その「お宝」は奥深く、アクセスしにくく、見えないところに隠されている。いや、実は隠されてすらいないのかもしれない。ただただ、私たちはこのまちと悲しいほど“無関係”なだけなのだ。
藤先生「ここで重要になってくるのが、『関係をつくる』ということです。博物館や美術館の存在理由は、ここにあります。自分のおじいちゃんやおばあちゃん、もっと上の世代の、人やもの、こと、そういったものがなくなったら、そうしたものと現代との『関係』って、なくなってしまえば存在すらしなかったことになってしまうんです。つまり、『関係をつくる』=『存在をつくる』ということになるんです。
藤先生「つまり、五城目町の存在をどう作っていくのかは、これまで五城目で生きてきた人たちと現在の関係をどうつくるのか、あるいは五城目町と他の町との関係をどうつくるのかという問題になります。
旅のツアーを企画したり、外部の人間をまちとつなぐいいコーディネーターを育てたり、いろいろできることはあると思います。いずれも大切なのは、まちにたくさんある拠点をどう開くかです。」
藤先生はここから、2年前まで館長として勤務されていた十和田市現代美術館を事例として、「美術館がいかにまちにはみ出していくか」をテーマに講演。ガラス張りの美術館から展示物がまちにはみ出し、美術館を拠点に始めた部活動がまちの景観を変え、畳に10万本の待ち針を刺して映像を投影するというプロジェクトのおかげで、誰も訪れることのなかった文化財の建物がみんなが「つい行っちゃう場所」になる。
藤先生「ミュージアムというのは単にものを見せるだけではなくて、こうして“使ってもらう”ことが非常に重要です。こうやって活動をつくっていくことで新しい関係をつくり、その結果として、存在をつくっていく。それがミュージアムの役割です。そうして予期せぬことがどんどん広がっていく。それをポスターやチラシで告知し、今度はそれをアーカイブしていく。それがだんだんまちに蓄積されていくわけです。美術館がまちにはみだしていったときに、今までにない体験ができる。体験をつくる=新しい時間をつくる。ミュージアムなら、そういうことまでできるな、というのが、僕が十和田でやってみた経験です」
きれいな建物さえあればミュージアムは完成、などでは決してない。いかにその拠点を活用して、人、自然、地域、歴史、ハイアートからおかんアートまで、どんな関係をつくれるか。それこそが互いが互いを存在たらしめることなのだということだ。
藤先生「だから、なんでもいいから記録を取ることです。それが対話の機会をつくりますよね。学芸員以外にも、まちの皆さんが調査員であったなら、いろいろなアプローチが考えられるわけです。こうしたものが集まれば、ある種の文献のようなものになっていく。それはこれから、ここにいる学生さんたちを中心に、50年間かけて頑張っていく課題なんですよ」
冒頭で「私たちはこのまちと悲しいほど“無関係”」と書いた。五城目町は街道沿いの町だ。だからこそ昔は交易で栄えたが、今は自動車で通り過ぎるだけの「通過点」でしかなかったのだ。
AKIBI plusをきっかけに、受講生は五城目町に何度も通うことになった。3年かけて関わったアートプロジェクトのおかげで、受講生をはじめ、取材してきた私たち編集部も、今では朝市のどこに良さげな野菜やこんにゃくが売っているかを知っているし、神社にエロい絵馬がかかっていることも、あの店のおまんじゅうがおいしくて、おばさんが朗らかだということも知っている。
これが果たして「アート」だったかと問われたらわからないとしか言えないし、ましてや「アートで地域おこしなんてできるのか」なんて問いはそもそもいろんなところを“かけ違っている感”満載だけれど、少なくとも、たしかにAKIBI plus五城目では『関係をつくる』=『存在をつくる』ということをやってきた。それは間違いない。断言してもいい。そしてそれを成し得たのは“コーディネーター”の役割を果たした柳澤龍さんの働きや、多様な可能性を受け入れる場としての「ものかたり」の存在が大きかったことも、ここに言いそえておきたい。
『関係をつくる』=『存在をつくる』。
それを1世代33年かける2として66年、1世代かける3なら99年かけてやっていくということは並大抵ではない。時代を経て、価値感が変わっていくにつけ「もうこんなもの意味ない」と投げ出したくなることもあるはずだ。けれど、今の時代を生きている者として、目の前にある出来事をコツコツと記録し、ものを収集し、取っておく。くじけそうになったら、畠山鶴松の落書き帳を思い浮かべるのはいい手かもしれない。そんなシンプルなことでも、続ければ『存在をつくる』なんて重大なことにつながるなら、やってみる価値はあるんじゃないだろうか。
AKIBI plusをきっかけに、私たちはその入り口に立ったのだ。
第5回(了)