本隊接岸

—ハタハタフィーバーの謎を追う—

なぜそこまであつくなる?

illustration by Chihiro Kudo

“本隊”とはハタハタの群れのことである。11月下旬になると秋田県内で“ハタハタ本隊接岸”のニュースが一斉に広まる。それを合図に、普段静かな秋田県民が眼の色を変えて売り場に殺到するのだ。

 

「はい、今日はハタハタがオスメス込みでひと箱2580円! メスだけでも3780円! オスだけなら何と1980円! 安いよ、安いよ!」

 

秋田中の鮮魚店や漁協でこんな呼び声が飛び交い、トロ箱いっぱいにつやつやと輝くハタハタが飛ぶように売れていく。このフィーバーは一体何なのだ?!

ハタハタシーズンが始まる。そのとき秋田県民は……?

秋田といえばハタハタというほど、冬の風物詩として日本中に知られているハタハタだが、実は日本海側では北海道から島根の辺りまで獲れる魚だ。秋田では漁獲量に制限があり、11月下旬~12月下旬の1ヶ月間にほぼ集中している。ちなみに、秋田では1つ目の「タ」にアクセントを置く感じで、「ハタハタ」と発音する。

 

「漁の始まる頃はやっぱり興奮して、ちょっとしたお祭りみたいですよ。夜から朝にかけて漁をするから、暗いところにがバーッと点いてね。」と教えてくれたのは、男鹿出身で現在はご実家の古民家を改装して〈里山のカフェ ににぎ〉を主宰している猿田真さん。

 

「うみねこが漁船にずーっとついてくるんですよ。ハタハタを食べようと思って。それはちょっと圧巻です。」

猿田さんが若いしょっつるからつくる

「しょっつるにんにくペースト」を見せてくれた。

ねぇ、どうやって食べるの? しかもそんなにたくさん。

トロ箱=30kg。それを買ったり、もらったり。しかも足が早いハタハタ。おいしく食べるワザは?奈良から男鹿に嫁いで20年以上になるという〈男鹿のうめものQueserasera〉の工藤幸子さんは「普通、旬のものって1回や2回食べれば十分でしょ?」と笑いながら言う。

 

「だけどね、多分昔の男鹿では来る日も来る日もハタハタを食べたの。とにかくたくさん獲れるし、安いから。だから塩に漬けたり醤油に漬けたり、秋田県民のふるさとの味、「味どうらく(めんつゆ)」に漬けたり、果ては干したり。お弁当にもハタハタ入ってるし、家に帰ってもハタハタだしね。それこそ、シーズンになれば1人で10匹20匹ぐらいペロリと食べちゃうよ。」

猿田さんが出してくださったのが、かつては男鹿半島のどの家でも仕込んでいたというハタハタずし(手前)としょっつる(奥の白い小皿)。ハタハタずしは三枚に下ろして潰ける「切りずし」と、内蔵だけ取り除いて丸ごと潰ける「丸ずし」がある。

 

切りずしから先に漬かるので、正月頃からぼちぼち食べごろになり、2月頃には丸ずしも食べられるようになる。しょっつるは漬けるのに「3年はかかりますね(猿田さん)」という。最近では自分で漬けるというより、買ってくることも多いというが、「家で漬けたものは味が全然違います」と猿田さん。