「さあ、食べよう、食べよう」
3班も意気揚々と箸と皿を手に鍋の周りに集まる。
白い鍋は採りたてきのこの取りきれなかった土がときどきじゃりっと歯に当たるものの、美味。
赤紫の鍋は、菊とキムチがなかなか交わろうとはしないものの、それぞれに個性を主張する鍋となっている。
「これはこれで、おいしい」
「二度と同じ鍋は作れないかもしれないけど、おいしい」
互いの功績を讃え合い、楽しげに鍋を食している。さすがバランスの3班。
ふと気配を感じて、はっと振り返ると、1班と3班にはさまれた2班が恨めしそうな顔をしながら鍋の前にしゃがみ込んでいた。
ようやくガスボンベが調達できたものの、手際のいい1班、和気あいあいとした3班に比べて、格段に遅れをとった2班には、言いようのない重い空気が流れている。
ナガトさんがおもむろに立ち上がる。
ナガトさん「カレールーを、入れます」
ええい、ままよ、といった口ぶりではあったものの、まぜまぜ、まぜまぜしているうちに鍋の中身はとろりとした見たことのある茶色い食べ物になっていく。
「カレーだ!カレーになった!」
カレールーのおかげで
「だんだんそれらしくなってきた」
という事実は2班の顔つきを明るくした。
そこに、1班からの使者がやってきたのである。
「シフォンケーキ、いかがですか?」
「えっ? シフォンケーキ?」
エリート鍋をすっかり平らげた1班は、予算4000円の範囲内で食後のデザートまで購入できていたのだそうだ。それも食べきれないほど。そこで他の班にもデザートを振る舞おうというのである。
2班は戸惑いを隠しきれていなかった。
差し出されたシフォンケーキを受け取る手が震えている。
そう見えたのはこちらの憂慮のためだけだっただろうか。
受け取ったシフォンケーキは一旦わきに置き、2班はなおも鍋をかき混ぜ続けた。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……。
そんなになにが固まっているのだろうと訝しむ我々をよそに
延々と鍋を混ぜ続けた2班の手がピタリと止まる。
ナガトさん「うどんを入れます」
ついにうどん投入。そこからさらにかき混ぜること5分。
ナガトさん「もういいか! いいよね! はい、2班できました」
突然の完成の号令に鍋の中を覗くと、きのことネギと玉ねぎとうどんがのたくっている光景が……。
恐る恐る口にした2班。
「食べられる!」
「問題ない!」
「カレールーすごい!」
と、今日一番の大きな声を出した。
カレールーにより、奇跡の起死回生を遂げた2班の鍋は
メンバーの心にじんわりと沁みるのだった。
皆が食事と片付けを終えてから、北島さんになべっこ遠足の思い出について語っていただく。
北島さん「ぶっちゃけ、子どもの頃のなべっこ遠足のことは、あまり覚えていません。そこで同級生に電話をかけまくって聞いてみたんですが、やつらもけっこう覚えてなくてですね(笑)。ネコ(一輪車)に物積んで、みんなでかわりばんこに押して、野鳥の森まで行きました。そこらへんに落ちている木を集めて、石でかまどみたいなのを作ったような気がします。
鍋の内容はだまこときりたんぽが多かったようです。4~6年生かな。みんなで具材や道具を割り当てして、学校まで持って行った記憶はあります。
だまことかきりたんぽって、子どもにはあまり興味がなくてですね、どっちかというとカレーとかそっちのほうがうれしいわけですよね。
私自身のおぼろげな記憶ではその程度ですが、飲みに行った先でいろんな人に話して聞いてみたんです。私のちょっと上のお姉さんたちはですね、大川中学校で、歩いて森山のふもとまで行ってなべを作ったと。内容はきりたんぽ、だまこ、うどん。雨の日は体育館でやった記憶があります。あと、僕よりずっと年上、80歳のじいさんもなべっこをやったと言っていました。なべっこの歴史が何年あるか私もわからないです。その人は内川という地域の人です。ちなみに私と同年代の五城目町の人は、なべっこはやっていなかったそうです。
昭和39年生まれの内川小学校の人は、やはり小倉の堤で、みんなでカレーだけ作ったそうです。なぜならほかの鍋は食べたくなかったから。カレーは人気ですね。木ぎれは現地調達だそうです。
隣の八郎潟町。自転車に乗って5~6人でスーパーに買い出しに行って、三倉鼻、高岳山まで行ったそうです。内容はやっぱりきりたんぽだそうです。」
北島さんはこういったエピソードをたくさん語ってくださった。五城目町は、五城目地区、内川地区、馬場目地区、浅見内地区、富津内地区、八郎潟の6地区があり、それぞれで学校行事の様相も異なっていたこともうかがえる貴重な聞き書きの数々だった。
北島さん「今日のなべっこはね、うますぎました。本当のなべっこはね、子どもたちがほとんど遊びながら作るんだから、こんなにうまくないんですよ」
ユカリロ「え、2班のも、うますぎですか?」
思わず“鍋間”差別的な発言をするユカリロに向かって、北島さんはきっぱりと言った。
北島さん「はい、まったくもって、うますぎです」
2班はここでこの日いちばんのほっとした表情を見せた。屋外でアドリブで共同で調理するなべっこ遠足は、2班にとって「ちょっとずつ思い通りにいかない」どころか、「全然思い通りにいかない」ものになりつつあった。北島さんの「今日のなべっこ、うますぎ」という一言は、“鍋間”格差問題を一気に不問に付す、魔法の言葉だった。
北島さんの説明を聞いたあと、ものかたりに移動し、座学に。
コーディネーターの柳澤さんは以前、IT企業で働いていた頃の経験と今回のなべっこ遠足を引きつけてこう語った。
柳澤さん「僕が企業で働いていたときに、チームをつくるのに大事なことは3つある、と学びましたが、それとなべっこ遠足は通じるものがあるなぁと。
1. ミッション(なんのためになべっこをやるのか)
2. ルール(なべっこのルールを守る)
3. 役割(分担を遂行する)
この3つが揃えば、どこに行ってもチームが作れるんです。そう考えると、なべっこ遠足の経験さえあれば、世界中どこにいてもチームづくりは可能になるわけです。チームが作れるということはこれって経営学の基礎なんですよ。なべっこで人事研修の本が書けそうですね。」
チームビルディングと経営がどう関係あるのか、いまいちピンと来ていないユカリロだったが、ここでヨウコさんのあの一言を思い出さずにはいられなかった。
「なべっこは、ちょっとずつ自分の思い通りにいかない。」
そう、なべっこは人間関係の縮図。探り合い、実験し、普段の料理のルールの違う人たちが料理をするので、完全には思い通りにいかない。折り合いをつけながら、切り方、やり方がちょっとずつ違うことを許容しながら、できた結果の鍋という成果を享受する。その味が甘いか酸っぱいかは大きな問題ではない。ちょっとずつ自分の思い通りにいかない、あの感じを鍋と一緒に噛みしめるのが、なべっこ遠足なんだ。