「鰰(はたはた)という魚は、冬の空かき曇り、海の上荒れて荒れて、なる神などすれば、喜びて、群れけるぞ。しかるゆえにや、世に、はたはた神という(中略)文字の姿も魚と神とは並びたり」(菅江真澄記)
日本海側では冬の入りにしばしば雷が鳴る。この雷を合図のようにして、初冬の男鹿では、お腹に卵をいっぱいかかえたハタハタが産卵のために接岸し、藻場(もば)に卵を産みつけるのだ。秋田音頭に歌われる「男鹿で男鹿ブリコ」のブリコとは、ハタハタの卵を指す秋田の言葉である。
「男鹿に来るメスのハタハタはお腹パンパンになっているんだもの。さらに交尾のためにメスだけじゃなくてオスも来ているわけだし。八森のハタハタは身がおいしいけど、男鹿のはブリコ。男鹿の辺りがハタハタにとってはすごくいい産卵場所なんでしょうね。」(工藤さん)
なるほど、秋田音頭の♪秋田名物、八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ♪とはそういう理由だったのか。しかしこのブリコ、確かに味はおいしいものの、噛み締めたときにその名の通り、まさに「ブリブリ」という音がしてきそうなほどの強烈な歯ごたえ。まるでゴムのように固いのだ。
ブリコを熱愛している秋田県民に向かって、かなり言いにくくはあったものの、おそるおそるそう口にしてみると「ああ、それババなんだ」と工藤さんに一蹴された。
“ババ”ってどういうことですか?
「私も今年初めて選別に行ったんだけど、大きければいいもんかと思ったら、大きくても年行ってれば漁師さんたちに『ババ(=婆)』って言われるんだもの。『ハタハタにもババいるんだべか』って言ったら『いる。年行ってればブリコさ固くて売り物になんね。ゴミ』だって!」
メスの年齢とブリコの固さに相関関係があったとは。素人がそれを見分けるのは少々難しいようだが……。ちなみに料理の仕方でブリコの味わいも変わってくるのでは?
「この辺では、生のまま『味どうらく」だとかにつけて食べるのが一番うまいって言うね。変な話、男鹿のお年寄りは、昔は浜に打ち上がった(受精して孵化直前の)ブリコの中で(稚魚が)くるくるしてるブリコでも砂落として醤油つけて食べたっていうぐらいだから」
最初の取材日は2014年1月15日。この時期、産卵場である男鹿の北浦~船川の浜辺には、藻場に生みつけられたブリコの一部が波に揉まれて海藻から取れ、接岸することがあるという。そうして打ち上げられたブリコで海岸が埋め尽くされる光景が見られるらしい、と聞いて猿田さんにご案内いただいたのだが、この日は残念ながら「ブリコ浜」を見ることができなかった。
猿田さんによると
「ハタハタの禁漁以来、ブリコが接岸したら漁協で打ち上がったブリコをもう一回海に戻すっていう作業もするようになったらしいですよ。もう一回卵がるかもしれないからって。僕も子どもの頃は浜に落ちているブリコを拾って、生のやつに醤油つけてガム代わりにバリバリ噛んだりしていました」
と、ここでも生+醤油。新鮮なものならばやはり生で食べるのがベストだったようだ。やっぱり音は「バリバリ」なんですね! それにしても“ブリコガム”とは……。
そう、秋田では1992年から3年間、ハタハタの不漁から秋田県が全面禁漁を実施した。このこと自体はすべての秋田県民に周知の事実であるが、では世界中の海で無計画な乱獲の結果、魚の漁獲高が激減している現在、この禁漁政策の成功がもっと世界に誇るべき英断だったということは
秋田県内でもどれだけ知られているだろうか。
この禁漁以来、浜に打ち上げられたブリコを拾うことも禁止されるようになった。また解禁後もハタハタは、出荷量に制限が設けられるようになった。そのため、同じ出荷量ならより市場価値の高い若いメスを優先的に出荷するため、禁漁以前はなかった「選別」という作業が発生するようになった。
オス・メスに分けた後、さらにそれを若いもの・年齢を重ねたものの計4種類に選別するのだという。
工藤さんが漁協での選別のときの様子を聞かせてくれた。
「若くていいオスはぷりっとしていてメスみたいなんだよ。『あ、これメス』って思ってもよく見たらおチンチンがついてたりする。だからね、選別所は下ネタワールドだよ。オスのシュッとしたのがきたら『見れ、ほれシュッとしていいこと。懐かしいべ』とかいってね(笑)。母さま方、強烈だから。そしたらまた父さま方が『好きだべ』とか言ってな。『いやだから、そうでねぐ!』って私も突っ込むんだけど(笑)。」